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海住さつきが落選後もブログを書き続ける理由

こんにちは。令和元年松阪市長候補、海住さつきです。

 

最近のブログは、「令和元年松阪市長候補、海住さつきです」で書き始めている通り、

現在の私の肩書は、「令和元年松阪市長候補」です。

 

この「海住さつき・直球勝負ログ」は、松阪市長選挙出馬表明後に書き始め、

主に、政治活動のレポートをアップしてきました。

落選し、いったん、政治活動には区切りがつきましたが、

引き続きブログを更新しつづけている理由、

そして、どういう方針で書いているのかについて、

ここでご報告させてください。

 

<海住さつき・直球勝負ログを書き続ける理由>

令和元年松阪市長選挙にむけての政治活動・選挙活動で感じたこと、学んだこと、起こったことは、私ひとりのものではなく、ありのままに公開して支えてくださったたくさんのみなさまと共有するべき資産である。

 

先日の記事で→第1回松阪さつき政治塾開講!(+一か月ブログ更新できなかったおわび)

ブログ更新をやめた理由をありのままに書いております。

もしも、これが、個人としての海住さつきに起こったことであれば、

わざわざ公開はしないのですが、

市長選の候補者だった海住さつきに起こったことは、

支持してくださったみなさまと共有するべきだと思いました。

なぜなら、

市民のみなさまが政治の世界に親しみを感じにくい理由に、

「よくわからないけど、難しい世界らしい」という一種の都市伝説があるからで、

このような、ちっちゃなできごとの一つ一つもお知らせしていくべきだと思ったからです。

今回の件は、いつも大変お世話になった方との間で起こりました。

取材いただいた記者の方には、本当に感謝しかありません。

ですから、一か月、この件を公開すべきかどうか悩みました。

実際、その日は、一日、腹も立ったのですが、

個人的な怒りの感情は、当日一日限りでなくなりました。

なぜなら、いつも本当にお世話になった方が直接の窓口としてお電話くださったからです。

最終的には、政治塾でお話して、

ああ、やっぱり、支援してくださった方には、

こういう情報もお知らせしなければならないと思いました。

もしも、ここで書かなければ忘れてしまうであろうし、

政治活動の一環としてこういうこともあるんだよ、という記録として残す意味はあると思いました。

 

これからも、政治活動の過程で起こったことは、

公開して市民のみなさまと共有していく方針で、

このブログを続けてまいりますので、

引き続きよろしくお願いいたします。

 

なお、特定の個人の方にご迷惑をおかけしたり、傷つけたりすることは本意ではありませんので、

写真やお名前の記載は、公人の方以外は行わないよう注意を払ってまいります。

もしも、私の不注意から公開すべきではない内容を書いている点がございましたら、

お知らせくださいませ。

真摯に受け止め、対応してまいります。

 

海住さつきは、

松阪を元気にしたい!の気持ちから、

政治活動しています。

これからも、

みなさまの元気のために、

活動してまりますので、

ご指導よろしくお願いいたします。

 

海住さつき